通勤途中の事故がすべて通勤災害になるわけではありません。
- いつもよりかなり早く出勤した場合はどうなるのか。
- 仕事が終わったあと、しばらく会社に残ってから帰った場合はどうなるのか。
- いつもと違う道を通った場合はどうなるのか。
- 買い物や飲食のために寄り道した場合はどうなるのか。
- 一つの勤務先から別の勤務先へ移動している途中はどうなるのか。
こうしたケースを判断するには、「事故がどこで起きたか」だけではなく、その移動が仕事とどのような関係にあったのか、どこからどこへ、どのような経路・方法で移動していたのか、途中で何をしていたのか、などの事実を確認することが必要です。
その判断の出発点になるのが、労働者災害補償保険法第7条です。
通勤災害が労災保険による保護の対象になったのは、昭和48年(1973年)です。労災保険法が改正され、同年12月1日から通勤災害保護制度が始まりました。そして、この制度の施行にあわせて出されたのが、昭和48年11月22日 基発第644号です。
この通達には、「就業に関し」とはどういうことか、「合理的な経路及び方法」とは何か、途中で経路を外れたり何かをしたりした場合の「逸脱・中断」をどう考えるのかなど、通勤災害を判断するための基本的な考え方が示されています。
50年以上前の通達ですが、現在でも通勤災害を考えるうえで重要な資料です。その後の制度改正にあわせて、判断基準も整備されてきました。
なお、厚生労働省が現在公開している基発第644号の別紙には、昭和48年当時の内容だけでなく、その後の改正を受けて変更・追加された内容も一部含まれています。
例えば、昭和52年(1977年)には、一定の特別加入者についても通勤災害保護制度が適用されるようになりました。
さらに平成18年(2006年)には、複数の勤務先で働く人が一つの勤務先から別の勤務先へ移動する「事業場間移動」や、一定の単身赴任者の住居間移動なども通勤の範囲に加えられました。
つまり、現在の通勤災害の制度は、昭和48年に作られた基本的な考え方を土台にしながら、働き方の変化などに応じて対象を広げ、修正を重ねてきたものと見ることができます。
この記事では、通勤災害に該当するかどうかを判断するときに、
「何を確認するのか」
「その判断はどの法令・通達に基づいているのか」
「その根拠となる原典はどこにあるのか」
を順番に整理します。
個別のケースについて「これは○、これは×」と事例を並べることが目的ではありません。実際の事案では、事故当時の時間、移動の目的、経路、方法、途中で行った行為など、具体的な事実関係によって判断が変わることがあります。
そのため、この記事では結論ではなく、判断するときの考え方と、その根拠を自分で確認できるようにすることを目指します。
なお、制度が始まった昭和48年の資料を読んでいると、ちょっと面白いものも見つかります。
通勤災害の療養給付には一部負担金がありますが、昭和48年の基発第644号を見ると、その額はすでに「200円」とされています。そして、今も200円です。少し不思議です。🤔
通勤災害の判断は労災保険法7条から始まる
まず確認する必要があるのは、その移動が労災保険法でいう「通勤」にあたるかどうかです。
なお、その移動が労災保険法上の「通勤」に該当しても、その途中で起きたすべての災害が通勤災害になるわけではありません。
基発第644号では、「通勤による」とは、通勤と災害との間に相当因果関係があること、つまり、通勤に通常伴う危険が具体化したことをいうとしています。
例えば、通勤途中の交通事故、駅の階段からの転落などは一般に「通勤による」災害と認められます。一方、本人の故意によって生じた災害などは、通勤していることが原因となって生じたものではないため、通勤災害とは認められません。
その基本となるのが、労災保険法第7条です。
労災保険法第7条では、「通勤」を、労働者が「就業に関し」、法律で定められた一定の移動を「合理的な経路及び方法」によって行うものとしています。ただし、その移動が「業務の性質を有するもの」は通勤から除かれます。
また、通勤の途中で通常の経路から外れたり、通勤とは関係のない行為をしたりした場合については、同条第3項に「逸脱・中断」の規定があります。
この条文を分解すると、通勤にあたるかどうかを判断するときに確認すべきことが見えてきます。
① 就業に関する移動か
↓
② 法律で定める移動に該当するか
↓
③ 合理的な経路か
↓
④ 合理的な方法か
↓
⑤ 業務の性質を有する移動ではないか
↓
⑥ 逸脱・中断がないか
実際の事案では、これらを機械的に一つずつ判定すればよいというものではありません。それぞれの要件は相互に関係しますし、事故が起きた時間、移動の目的、出発地と目的地、経路、交通手段、途中で何をしていたかなど、具体的な事実関係を確認する必要があります。
しかし、最初にこの六つに分けて考えておくと、「何が問題になっているのか」を整理しやすくなります。
昭和48年11月22日 基発第644号の別紙「通勤災害の範囲について」では、労災保険法第7条の定義をもとに、「就業に関し」「合理的な経路及び方法」「就業の場所」「業務の性質を有するもの」「逸脱・中断」などについて、さらに具体的な考え方が示されています。
以下では、この順序に沿って、それぞれの意味と判断するときに確認すべき事実、そしてその根拠となる法令・通達を見ていきます。
参考:労働者災害補償保険法 第7条
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:東京労働局「通勤災害について」
「就業に関し」とは|仕事と移動の関係
通勤と認められるためには、単に自宅と会社の間を移動しているだけでは不十分です。
労災保険法第7条では、「就業に関し」行われる移動であることを要件としています。
昭和48年11月22日 基発第644号では、「就業に関し」とは、移動が業務に就くため、または業務を終えたことによって行われることを意味し、移動が業務と密接な関連をもって行われることが必要であるとしています。
そのため、まず確認するのは、その日に仕事をすることになっていたのか、あるいは実際に仕事をしたのかということです。
例えば、所定の出勤日に自宅から会社へ向かう場合や、仕事を終えて会社から自宅へ帰る場合であれば、通常は仕事との関係は明らかです。
一方、休日に会社の運動施設を利用するために会社へ向かった場合や、参加するかどうかが本人に任されている会社の行事に参加するために移動した場合などは、会社へ向かう移動であっても、当然に「就業に関し」行われたものとはなりません。
始業・終業時刻と離れていても直ちに通勤ではなくなるわけではない
仕事との関連を判断するときには、移動した時刻も重要になります。
ただし、遅刻して通常より遅い時間に出勤した場合や、朝のラッシュを避けるため通常より早く家を出た場合でも、仕事へ向かうための移動であることに変わりがなければ、就業との関連性は認められます。
問題になるのは、通常の出勤・退勤と大きく時間が離れている場合です。
平成18年の通知では、「所定の就業開始時刻とかけ離れた時刻」について、「従来どおりのおおむね2時間を超えたもの」とする取扱いが示されています。
ただし、「2時間以内なら通勤、2時間を超えれば通勤ではない」と機械的に決まるわけではありません。なぜその時刻に移動したのか、その間に何をしていたのかなど、具体的な事情を確認し、その移動が仕事と密接な関連をもって行われていたかを判断することになります。
また、一つの就業場所から別の就業場所へ移動する場合には、第1の事業場の終業時刻などによってやむを得ず時間が空くこともあるため、通常の場合より長い時間が空いていても、就業との関連性が認められることがあります。
したがって、実際には、
・その日に就業する予定だったか
・実際に就業したか
・通常の始業・終業時刻とどの程度離れているか
・通常より早く出発した理由は何か
・仕事を終えてから帰宅を始めるまで何をしていたか
などを確認することになります。
大切なのは、時計だけを見るのではなく、その移動が仕事をするため、または仕事を終えたことによって行われたものといえるかを見ることです。
参考:労働者災害補償保険法 第7条
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:平成18年3月31日 基労管発第0331001号・基労補発第0331003号
参考:東京労働局「通勤災害について」
法律で定める「移動」とは
「就業に関し」行われる移動であっても、労災保険法上の通勤であるには、条件があります。
労災保険法第7条第2項では、通勤となる移動を次の三つに分けています。
① 住居と就業の場所との間の往復
一般的に「通勤」と聞いて思い浮かべる、自宅から会社へ出勤し、会社から自宅へ帰る移動です。
② 就業の場所から他の就業の場所への移動
例えば、複数の事業場で働く労働者が、一つ目の勤務先で仕事を終えたあと、二つ目の勤務先へ向かう場合の移動です。
この移動は、平成18年(2006年)の法改正によって通勤の範囲に加えられました。
ただし、どのような就業場所の間の移動が対象になるのかは、労災保険法施行規則で定められています。また、移動自体が業務の性質を有する場合との区別も必要です。
この点は、次の「就業の場所から他の就業の場所への移動」で詳しく確認します。
③ 住居と就業の場所との往復に先行し、または後続する住居間の移動
これも平成18年(2006年)の法改正で追加されたものです。
例えば、転任によって従来の住居から勤務先へ日々通勤することが困難となり、家族と離れて赴任先に住居を設けた労働者が、赴任先の住居と家族の住む住居との間を移動する場合などが対象になります。
すべての住居間移動が対象になるわけではありません。
労災保険法第7条第2項第3号は「厚生労働省令で定める要件に該当するもの」に限定しており、その具体的な要件が労災保険法施行規則第7条に定められています。
さらに、平成18年3月31日基発第0331042号では、この改正の内容や具体的な取扱いが示されています。
同日付の基労管発第0331001号・基労補発第0331003号は、番号は二つありますが一つの通知です。こちらでは、住居間移動における「反復・継続性」をどう判断するかなど、さらに具体的な留意事項が示されています。
このように、現在の労災保険法では、一般的な自宅と勤務先との往復だけでなく、一定の事業場間移動や住居間移動も「通勤」に含まれます。
なお、単身赴任者については、平成18年改正以前から、反復・継続して家族の住む自宅と勤務先との間を往復する「週末帰宅型通勤」について、家族宅を「住居」として扱う取扱いがありました。
平成18年改正で新たに対象となったのは、こうした「住居と就業場所」の移動とは別に、一定の要件を満たす赴任先住居と帰省先住居との間の移動そのものです。
参考:労働者災害補償保険法 第7条
参考:労働者災害補償保険法施行規則 第6条・第7条
参考:平成18年3月31日 基発第0331042号
参考:平成18年3月31日 基労管発第0331001号・基労補発第0331003号
就業の場所から他の就業の場所への移動
平成18年(2006年)の労災保険法改正によって、「就業の場所から他の就業の場所への移動」が通勤の範囲に加えられました。
この改正で主に想定されているのは、複数の事業場で働く人の事業場間移動です。
例えば、昼間はA社で働き、夕方からB社で働いている人が、A社での仕事を終えてB社へ直接向かう場合です。
従来の通勤災害保護制度では、「住居と就業の場所との間の往復」が通勤とされていたため、A社からB社へ直接移動する場合はこれに該当しませんでした。
しかし、A社からB社への移動は、B社で働くために必要な移動です。また、通常は一つの事業場から他の事業場へ直接移動するため、その途中に私的な行為が介在するとは限りません。
こうしたことから、平成18年の改正によって、一定の事業場間移動も通勤災害保護制度の対象に加えられました。
労災保険法第7条第2項第2号では、
「厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動」
と規定されています。
そして、どのような「就業の場所」が対象となるかについて、労災保険法施行規則第6条で具体的に定められています。
平成18年3月31日基発第0331042号では、この改正について、労災保険が事業主相互の保険事故のリスク軽減を図る制度であることから、事業場間移動の起点・終点となる就業の場所について一定の範囲を定めたことが説明されています。
制度改正時の労働政策審議会の資料を見ると、こうした制度が設けられた背景や検討過程も確認できます。審議会での議論がそのまま法律や行政解釈になるわけではありませんが、制度の趣旨を理解するうえでは参考になります。
事業場間移動では、どちらの事業場との関係で扱うのか
例えば、
A社で勤務 → A社を退勤 → B社へ移動 → B社で勤務
という場合を考えてみます。
A社からB社への移動は、B社で働くための移動でもあります。
事業場間移動中の通勤災害については、移動先の事業場への通勤として扱われ、原則として終点となる事業場に係る保険関係で処理されます。
したがって、この例であれば、A社からB社への移動中の事故は、B社への通勤途中の事故として扱われることになります。
なお、複数の仕事をしていれば、その就業場所の間の移動がすべて通勤になるわけではありません。
対象となる両方の就業場所が、労災保険法施行規則第6条に定める就業場所に該当する必要があります。
一般の労働者の場合、移動元と移動先の両方が労災保険の適用事業であることが必要です。暫定任意適用事業については、実際に労災保険の保険関係が成立していることが必要です。これは、事故後に向かう移動先だけでなく、移動元についても必要な要件です。
したがって、一方の就業場所が労災保険の保険関係が成立していない暫定任意適用事業である場合には、もう一方の就業場所で労災保険が成立していても、その間の移動は事業場間の通勤には該当しません。
二つの勤務の間に時間が空いている場合
A社の仕事が終わる時刻と、B社の仕事が始まる時刻が、必ずしも連続しているとは限りません。
例えば、A社の勤務が午後3時に終わり、B社の勤務が午後6時から始まることもあります。
このような場合について、平成18年3月31日基労管発第0331001号・基労補発第0331003号では、第1の事業場の終業時刻などによってやむを得ず時間が空くことが考えられるため、通常の住居からの出勤の場合よりも長い時間的な隔たりがあっても、就業との関連性が認められる場合があることを示しています。
ここでも単純に「何時間空いたら通勤ではない」と判断するのではなく、二つの勤務時間や移動に必要な時間、その間の行動などから、就業との関連性を確認することになります。
同じ事業主の現場から別の現場へ移動する場合は?
ここまで説明した事業場間移動とは別に、同じ事業主のもとで、一つの現場から別の現場へ移動する場合があります。
例えば、建設会社の労働者が、現場Aでの作業を終えたあと、会社の指示で現場Bへ移動して作業するような場合です。
このような移動は、外形的には「就業の場所から他の就業の場所への移動」に見えますが、移動そのものが業務の一部となる場合があります。
労災保険法第7条第2項は、「業務の性質を有するもの」を通勤から除いています。
この点については、後の「『業務の性質を有するもの』は通勤ではない」で確認します。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第2項第2号
参考:労働者災害補償保険法施行規則 第6条
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:平成18年3月31日 基発第0331042号
参考:平成18年3月31日 基労管発第0331001号・基労補発第0331003号
参考:第9回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会
「合理的な経路」とは
通勤災害と認められるためには、住居と就業の場所などの間を「合理的な経路及び方法」によって移動していることが必要です。
ここでいう「合理的な経路」は、必ずしも毎日利用している一つの経路だけを意味するものではありません。
昭和48年11月22日 基発第644号では、「合理的な経路及び方法」とは、その移動について一般に労働者が用いるものと認められる経路や手段などをいうとしています。
経路については、乗車定期券に表示された経路や、会社に届け出ているような鉄道・バスなどの通常利用する経路、その代替として通常考えられる経路などは、合理的な経路になるとされています。
したがって、合理的な経路は一つに限られるものではありません。
また、通常利用している経路から外れていても、それだけで合理的な経路ではなくなるわけではありません。
道路工事や交通事情などによって迂回する経路、マイカー通勤者が契約している駐車場を経由する経路など、通勤のために必要となる経路も合理的な経路になり得ます。
託児所などを経由する場合
一見すると「寄り道」のように見えても、そもそもその経路自体が合理的な通勤経路として認められる場合があります。
基発第644号では、他に子どもを監護する者がいない共働きの労働者が、子どもを託児所や親戚などに預けるためにとる経路について、そのような立場にある労働者であれば就業のためにとらざるを得ない経路であることから、合理的な経路になるとしています。
この場合は、託児所への移動を「逸脱」としたうえで例外的に通勤へ復帰するという考え方ではありません。
託児所などを経由する経路そのものが合理的な通勤経路として認められるということです。
一方、特段の合理的な理由もなく著しく遠回りする場合などは、合理的な経路とは認められません。
したがって、実際の事案では、
・普段どの経路を利用していたか
・会社にどの経路を届け出ていたか
・事故当日はどの経路を通っていたか
・通常の経路と違っていた場合、その理由は何か
・交通事情などによる迂回だったか
・その労働者の事情から、就業のために必要となる経路だったか
・著しく不自然な遠回りになっていないか
などを確認することになります。
大切なのは、「いつもの道から外れたか」だけで判断するのではなく、その経路が通勤のための経路として合理的なものだったかを見ることです。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第2項
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:東京労働局「通勤災害について」
「合理的な方法」とは
通勤災害と認められるためには、経路だけでなく、移動の「方法」も合理的なものであることが必要です。
昭和48年11月22日 基発第644号では、「合理的な方法」とは、鉄道、バスなどの公共交通機関を利用する場合、自動車、自転車などを本来の用法に従って使用する場合、徒歩の場合など、通常用いられる交通方法をいうとしています。
また、普段利用している方法だけが「合理的な方法」になるわけではありません。
例えば、普段は電車で通勤している人が、その日に自転車や徒歩で通勤したからといって、それだけで合理的な方法ではなくなるわけではありません。
会社に届け出た通勤方法と違っていたら?
会社に届け出ている通勤方法と、実際の通勤方法が違うこともあります。
この場合も、会社への届出と違っているという理由だけで、直ちに労災保険上の「合理的な方法」ではなくなるわけではありません。
例えば、会社には電車通勤として届け出ている人が、自転車で通勤していた場合です。
労災保険上は、実際に行っていた移動方法が、一般に通勤に用いられる合理的な方法だったかどうかを確認します。
したがって、会社への通勤届や通勤手当の取扱いと、労災保険上の「合理的な方法」の判断は分けて考える必要があります。
交通ルールに違反していた場合は?
交通ルールに違反していたというだけで、直ちに通勤そのものが否定されるわけではありません。
基発第644号では、免許を一度も取得したことのない者が自動車を運転する場合や、自動車・自転車などを泥酔して運転する場合は、合理的な方法とは認められないとしています。
一方、飲酒運転や単なる免許証不携帯、免許証の更新忘れによる無免許運転などについては、必ずしも合理性を欠くものとして取り扱う必要はないともしています。
このような場合には、その交通方法が「合理的な方法」といえるかという問題に加えて、事故の状況によっては、労災保険法上の支給制限が問題となることもあります。
したがって、「交通違反があった=通勤災害ではない」と単純に判断するのではなく、どのような方法で移動していたのか、どのような違反があり、それが事故とどのように関係していたのかを確認する必要があります。
昭和48年の基発第644号には、現在読む違和感のある部分もあります。
「飲酒運転の場合」について、「必ずしも、合理性を欠くものとして取り扱う必要はない」とされています。
一方で、「泥酔して運転するような場合」は、合理的な方法とは認められないとされています。
この通達が出されたのは1973年です。その後、飲酒運転に対する法規制や社会的な受け止め方は大きく変わりました。また、地域によって事情は異なりますが、タクシーや運転代行など、飲酒後に自ら運転しないための選択肢もあります。
もっとも、こうした社会環境の変化だけから、現在は飲酒運転が直ちに「合理的な方法ではない」とされる、とまではいえません。厚生労働省が現在掲載している基発第644号にも、この記述は残されています。
また、「合理的な方法」に該当するかどうかと、労災保険の給付が制限されるかどうかは別の問題です。
2019年の第75回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会では、厚生労働省の事務局が、「故意の犯罪行為又は重大な過失」による支給制限の例として、飲酒運転による事故や、スピード違反が原因となった事故を挙げています。
つまり、飲酒運転だから直ちに「通勤ではない」と判断するのではなく、まず通勤に該当するかを判断し、そのうえで、事故の状況によっては支給制限を検討するという構造になっています。
古い通達を読むときには、現在も残っている文言を確認するとともに、その後の法改正や運用もあわせて確認する必要があります。
飲酒運転の場合には、事故の状況によって労災保険給付が制限される可能性があることには注意が必要です。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第2項
参考:労働者災害補償保険法 第12条の2の2
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:第75回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会議事録(2019年5月16日)
「業務の性質を有するもの」は通勤ではない
住居と就業場所との間を合理的な経路・方法で移動していても、その移動が「業務の性質を有するもの」である場合には、労災保険法上の「通勤」にはなりません。
労災保険法第7条第2項は、通勤となる移動から「業務の性質を有するもの」を除いています。
では、「業務の性質を有するもの」とは何でしょうか。
昭和48年11月22日 基発第644号では、次のように説明しています。
「業務の性質を有するもの」とは、当該移動による災害が業務災害と解されるものをいう。
さらに、具体例として、
事業主の提供する専用交通機関を利用してする通勤
突発的事故等による緊急用務のため、休日又は休暇中に呼出しを受け予定外に緊急出勤する場合
を挙げています。
つまり、外形的には出勤や退勤のための移動であっても、その移動中の災害が業務災害と判断されるような場合には、「通勤」から除かれ、業務災害として扱われます。
事業主が提供する専用交通機関で出退勤する場合
例えば、事業主が従業員を送迎するために専用のバスなどを運行し、それを利用して出退勤する場合です。
通常の電車や路線バスによる通勤とは異なり、事業主が労働者の移動のために専用の交通手段を提供しています。
基発第644号は、このような移動を「業務の性質を有するもの」の具体例として挙げています。
緊急用務のため休日などに呼び出された場合
もう一つの例が、突発的な事故などによる緊急用務のため、休日や休暇中に呼び出しを受け、予定外に緊急出勤する場合です。
通常の出勤であれば、自宅から勤務先への移動は通勤ですが、このような予定外の緊急出勤については、基発第644号は「業務の性質を有するもの」としています。
同じ事業主の現場から別の現場へ移動する場合
一日の仕事の途中で、一つの現場から別の現場へ移動する場合にも、その移動が「通勤」なのか「業務」なのかを確認する必要があります。
例えば、
現場Aで作業 → 会社の指示で現場Bへ移動 → 現場Bで作業
という場合です。
外形的には「就業の場所から他の就業の場所への移動」に見えますが、勤務時間中に事業主の指示で次の現場へ向かい、その移動自体が仕事の一部となっているのであれば、通常の通勤とは性質が異なります。
このような場合には、
・事業主の指示による移動か
・次の業務を行うための移動か
・移動時間が勤務時間として扱われているか
・移動中に資材や機材などを運搬しているか
・二つの現場での就業がどのような関係にあるのか
など、実際の移動の状況を確認し、その移動自体が「業務の性質を有するもの」かを検討することになります。
重要なのは、出発地と目的地だけで「通勤」か「業務」かを決めるのではなく、その移動の性質を見ることです。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第2項
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:東京労働局「通勤災害について」
通勤でなくなる「逸脱」と「中断」
合理的な経路・方法で通勤していても、その途中で通勤とは関係のない目的で経路を外れたり、通勤とは関係のない行為をしたりすることがあります。
労災保険法第7条第3項は、このような場合について「逸脱」と「中断」という考え方を定めています。
昭和48年11月22日 基発第644号では、次のように説明しています。
「逸脱」とは、通勤の途中で就業又は通勤と関係のない目的で合理的な経路をそれることをいう。
一方、
「中断」とは、通勤の経路上で通勤とは関係のない行為を行うことをいう。
つまり、
合理的な経路から外れるのが「逸脱」
経路上にいても、通勤とは関係のない行為をするのが「中断」
です。
基発第644号では、麻雀をする、映画館に入る、バーなどで飲酒する、デートのため長時間にわたって話し込むといった行為が、具体例として挙げられています。
そして、逸脱・中断があった場合に重要なのは、原則として、その行為をしている間だけでなく、その後の移動も通勤ではなくなることです。
つまり、逸脱・中断の間だけでなく、その後の移動中の事故も、原則として通勤災害として扱われません。
ただし、ここには二つの重要な整理があります。
一つは、通勤途中の行為であっても、「ささいなもの」であれば、そもそも逸脱・中断として扱われない場合です。
もう一つは、逸脱・中断には該当するものの、「日用品の購入その他これに準ずる行為等をやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合」については、その行為を終えた後、再び通勤として扱われる場合です。
この二つは、法律上の意味が異なります。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第3項
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:東京労働局「通勤災害について」
逸脱・中断とならない「ささいな行為」
基発第644号では、労働者が通勤の途中で行う「ささいな行為」については、逸脱・中断として取り扱わないとしています。
例えば、
・経路の近くにある公衆便所を使用する
・帰宅途中に経路の近くにある公園で短時間休息する
・経路上の店でタバコや雑誌などを購入する
・駅構内でジュースを立ち飲みする
といった行為が挙げられています。
このような行為は、そもそも逸脱・中断とは扱われず、全体として通勤が継続していることになります。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第3項
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:東京労働局「通勤災害について」
逸脱・中断しても、通勤に復帰できる場合
一方、通勤途中の日用品の購入などは、「ささいな行為」とは別に考える必要があります。
労災保険法第7条第3項は、逸脱・中断があった場合には、その後の移動も原則として通勤とはしない一方、日常生活上必要な一定の行為について例外を設けています。
厚生労働省令で定める行為を、やむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には、その逸脱・中断の間を除き、再び合理的な経路に戻った後の移動は通勤として扱われます。
対象となる行為は、労災保険法施行規則第8条に定められています。
例えば、
・日用品の購入その他これに準ずる行為
・一定の職業訓練や教育訓練を受ける行為
・選挙権の行使その他これに準ずる行為
・病院や診療所で診察・治療を受ける行為
・一定の親族について継続的または反復して行う介護
などです。
基発第644号では、日用品の購入などの具体例として、帰宅途中に惣菜などを購入する場合、独身者が食堂に食事に立ち寄る場合、クリーニング店に立ち寄る場合などを挙げています。
つまり、
通勤 → 日常生活上必要な行為 → 通勤
という場合、真ん中の行為をしている間は通勤ではありません。
しかし、その行為を終えて合理的な経路に戻れば、その後は再び通勤となることがあります。
ここが「ささいな行為」との大きな違いです。
ささいな行為
→ そもそも逸脱・中断ではない
→ 行為中も通勤
日常生活上必要な一定の行為
→ 逸脱・中断には該当する
→ 行為中は通勤ではない
→ 要件を満たせば、その後は通勤に復帰する
実際の事案では、まず「その行為はそもそも逸脱・中断なのか」を確認し、逸脱・中断に当たる場合には、次に「通勤に復帰できる例外に該当するか」を確認することになります。
なお、前に見た託児所経由のように、通常の経路と異なって見えても、そもそもその経路自体が合理的な通勤経路と認められる場合があります。
したがって、「いつもの経路から外れた」という事実だけで直ちに逸脱と判断するのではなく、まず、その経路自体が合理的な経路ではないかを確認する必要があります。
参考:労働者災害補償保険法 第7条第3項
参考:労働者災害補償保険法施行規則 第8条
参考:昭和48年11月22日 基発第644号「通勤災害の範囲について」
参考:東京労働局「通勤災害について」
通勤災害を判断するときの確認手順
ここまで見てきたように、通勤災害は「事故が起きた場所」だけで判断できるものではありません。
例えば、帰宅途中にスーパーへ寄った場合でも、どこで事故が起きたのかだけでなく、そこまでどのような経路を通り、何のためにスーパーへ行き、買い物を終えた後だったのかなどによって判断が変わります。
実際の事案では、次のような事実を確認していくことになります。
いつ
始業・終業時刻と移動した時刻との間に、どの程度の時間的な隔たりがあったか。
どこからどこへ
住居から就業場所への移動なのか、就業場所から住居への移動なのか、あるいは一つの就業場所から別の就業場所への移動なのか。
なぜ移動していたのか
仕事を始めるため、仕事を終えて帰宅するためなど、「就業に関する」移動だったか。
どの経路を通っていたのか
通常利用する経路やその代替経路など、合理的な経路だったか。通常の経路と異なる場合には、なぜその経路を通っていたのか。
どの方法で移動していたのか
電車、バス、自動車、自転車、徒歩など、その移動方法は合理的なものだったか。
移動そのものが業務ではなかったか
事業主の指示による移動など、「業務の性質を有するもの」ではなかったか。
途中で何をしていたのか
通勤とは関係のない目的で合理的な経路を外れたり、通勤とは関係のない行為をしたりしていないか。
判断の順序を整理すると、次のようになります。
就業に関する移動か
↓
法律で定める移動に該当するか
↓
合理的な経路か
↓
合理的な方法か
↓
業務の性質を有するものではないか
↓
合理的な経路から外れた、または通勤と関係のない行為をしたか
↓
それは「ささいな行為」か
↓
ささいな行為でなければ「逸脱・中断」に該当するか
↓
逸脱・中断であれば、法定の例外に該当するか
通勤災害の判断では、「いつもの道だったか」「会社に届け出た方法だったか」「寄り道をしたか」といった一つの事実だけで結論を出すのではなく、こうした事実関係を順番に確認することが重要です。
具体的な例については、「通勤災害とは|通勤途中のケガは労災になる?寄り道した場合も解説」で、典型的な疑問をわかりやすく整理します。
参考
法令
基本通達
・昭和48年11月22日 基発第644号「労働者災害補償保険法の一部を改正する法律等の施行について」
平成18年改正関係
・平成18年3月31日 基労管発第0331001号・基労補発第0331003号
支給制限関係
・第75回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会議事録(2019年5月16日)
行政解説
制度の検討経過・認定事例
・厚生労働省「通勤災害保護制度の見直しについて」関連資料 通勤災害として認められた例・認められなかった例が掲載されています。


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